なぜ人手不足に陥るのか?原因や影響、人事が取るべき解決策を紹介
日本企業が直面する深刻な人手不足。その根本的な原因から企業経営への影響、そして事担当者が今すぐ取り組むべき解決策までを紹介します。
人手不足には、少子高齢化による労働人口の減少、働き方の多様性を求める若年層の意識変化、そして中小企業が抱える構造的な問題など、複合的な要因が絡み合っています。
この状況を放置すれば、企業の成長機会の損失、従業員の負担増加、ひいては日本経済全体の活力低下につながりかねません。
人事担当者には、現状を正確に理解し、未来を見据えた戦略的な対応が求められています。
深刻化する日本の人手不足の現状
深刻化する日本の人手不足は、企業経営において喫緊の課題です。
本セクションでは、この問題がどれほど深刻化しているのかを最新のデータに基づき具体的に紹介します。
最新データで見る国内の人手不足の動向
日本国内における人手不足の現状は、各種統計データからその深刻度を確認できます。
厚生労働省の発表によると、有効求人倍率は令和7年3月時点で1.26倍、令和6年度平均でも1.25倍となっており、仕事を求めている人一人に対して1件以上の求人が存在する状況が続いています。
特に令和6年度平均は前年度から0.04ポイント低下したものの、依然として高い水準です。
また、帝国データバンクの調査では、2024年10月時点で正社員が「不足」と感じている企業の割合は51.7%と、半数以上の企業が人手不足を訴えています。
この割合は2024年7月時点の51.0%からわずかに上昇しており、人手不足が慢性的に高止まりしている実態が浮き彫りになっています。
さらに、人手不足を直接的な要因とする倒産件数は、2023年10月時点で206件に達し、年間ベースで過去最多を更新しました。
これらのデータは、単なる採用難にとどまらず、事業継続をも脅かす経営リスクとして人手不足が顕在化している現状を示しています。
項目 | 人手不足 | 人材不足 |
---|---|---|
不足しているもの | 労働者の量(頭数) | スキルや経験を持った労働力 |
問題の種類 | 量的な問題 | 質的な問題 |
具体例 | 小売店のレジ・品出し係 | 高度なプログラマ、専門資格を持つ医療従事者 |
「人手不足」と「人材不足」の意味の違いとは?
「人手不足」と「人材不足」は混同されがちですが、それぞれ異なる意味を持つ言葉です。
まず「人手不足」とは、業務を遂行するために必要な「労働者の量」が足りていない状態を指します。
これは、単純に現場で働く頭数が不足している状況と言えます。
例えば、小売店でレジや品出しをするスタッフの数が物理的に足りない場合などがこれに該当します。
一方、「人材不足」は、特定の業務を行うために必要な「スキルや経験」を持った専門的な労働力が足りていない状態を指します。これは単に人数がいれば良いというわけではなく、企業が求める能力や適性を持つ人が見つからない状況を指します。
例えば、高度なプログラミングスキルを持つITエンジニアや、特定の専門資格を持つ医療従事者が不足している場合などが該当します。
このように、人手不足が量的な問題であるのに対し、人材不足は質的な問題です。
企業が直面している課題がどちらなのかによって、取るべき対策も大きく異なります。
人手不足の場合は、採用数の増加や業務効率化などが考えられますが、人材不足の場合は、専門人材の育成や外部からの専門家登用などが有効なアプローチとなります。
人手が足りない構造的な原因
日本国内で人手不足が叫ばれる状況は、単なる一時的な現象ではなく、社会構造そのものに根差した複数の要因が、複雑に絡み合った結果と言えます。
現代日本が抱える人手不足の根本にある構造的な原因としては、多角的な視点から以下の点が挙げられます。
- 少子高齢化の進行による生産年齢人口の減少が、労働力の供給そのものを細らせています。
- 産業構造の変化や技術革新によって生じるスキルミスマッチが、労働市場における特定のスキルを持つ人材への需要と供給の不一致を引き起こしています。
- 働く人々の価値観が変化し、ワークライフバランスや多様な働き方を求める傾向が強まっていることが、従来の採用手法や雇用慣行では対応しきれない要因となっています。
本章では、これらの構造的な原因について深く掘り下げて紹介していきます。
少子高齢化が招く生産年齢人口の減少
日本国内における人手不足の最も根深い原因の一つとして、少子高齢化の急速な進行が挙げられます。
特に、労働力の中核を担う生産年齢人口(15歳から64歳)の減少は深刻な影響を与えています。
公的機関の統計データによると、日本の生産年齢人口は1995年の8,726万人をピークに減少に転じ、2023年10月時点では7,395万人まで減少しています。
この数字は、労働市場における「働き手」そのものの総数が縮小していることを明確に示しており、企業が事業に必要な労働力を確保することを構造的に困難にしています。
生産年齢人口の減少は今後も継続すると予測されており、これは一時的な現象ではなく、中長期的な視点での対応が不可欠な課題です。
労働供給の減少は、採用活動における競争を激化させるだけでなく、経済全体の活力を低下させる要因ともなり得ます。
労働市場における需要と供給のミスマッチ
労働市場では、企業が求める人材の需要と、実際に市場に存在する労働力の供給との間に、大きなギャップが生じています。
特に、近年、急速に進展するデジタル化(DX)に対応するためのITスキルや専門知識を持つ人材の需要は非常に高い一方、こうしたスキルを持つ求職者の数は限られており、深刻な「スキルミスマッチ」が生じています。
三菱総合研究所の試算によると、2035年時点で480万人の「余剰」と670万人の「不足」が生じるなど、労働需給全体のギャップ以上に、人材のミスマッチが深刻な状況にあると指摘されています。
また、求職者が重視する労働条件、例えば勤務地、給与水準、リモートワークといった柔軟な働き方に対する希望と、企業側が提示できる条件との間にもミスマッチが生じやすく、採用活動における大きな障壁となっています。
さらに、特定の地域や産業に求人が集中する一方で、他の地域や産業では求職者が過多となる「地域的ミスマッチ」や「構造的ミスマッチ」も存在し、これも人手不足を加速させる要因の一つです。
こうした多岐にわたるミスマッチが複合的に作用し、多くの企業で採用難を引き起こす根本的な原因となっています。
働き方の多様化と求職者の価値観の変化
近年、終身雇用制度の相対化や転職への心理的ハードルが低下したことに加え、働き方改革や新型コロナウイルス感染症の影響により、働く人々の価値観は大きく変化しています。
従来の「決まった時間に会社に出社する」といった固定的な働き方から脱却し、個人のライフスタイルや状況に合わせて柔軟に働ける環境を求める声が高まり、リモートワークやフレックスタイム制といった制度への関心が増しています。
また、仕事選びにおいても、単に給与や待遇が良いというだけでなく、企業のパーパス(存在意義)や事業の社会貢献性、働くことによって得られる自己成長ややりがいといった内面的な要素を重視する求職者が増加傾向にあります。
Job総研の「2024年 価値観変化の実態調査」では、「若年中年で価値観逆転」に7割が共感するなど、世代間での意識の違いも指摘されています。
こうした多様化する働き方や価値観の変化に企業側が対応しきれていない場合、優秀な人材の確保や定着が難しくなり、結果として人手不足を招く一因となっています。
採用競争の激化と採用手法の課題
少子高齢化による労働人口の減少と産業構造の変化により、採用市場は企業にとって一層厳しい売り手市場となっています。
特に、高度な専門スキルや経験を持つ人材、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進に不可欠なIT人材などの獲得競争は、企業間で激化の一途をたどっています。
大手企業が提示する高い給与水準や充実した福利厚生に対抗するのが難しい中小企業では、優秀な人材を確保することが特に困難な状況です。
このような環境下では、従来の求人広告掲載や人材紹介会社への依頼といった待ちの姿勢の採用手法だけでは、求めるターゲット人材へ効果的にリーチすることが難しくなっています。
具体的には、以下のような採用チャネルがあります。
- 従来の「待ち」の採用手法
- 求人広告掲載
- 人材紹介会社への依頼
- 新しい「攻め」の採用チャネル
- ダイレクトリクルーティング(企業側から候補者へ直接アプローチ)
- リファラル採用(社員の紹介)
これらの新しい採用チャネルへの対応や、戦略的に運用するノウハウが多くの企業で不足しているのが実情です。
さらに、企業の採用ブランディングが十分に構築されていなかったり、応募から内定に至るまでの選考プロセスが煩雑であったりすることも、候補者体験(CX)を低下させ、採用機会の損失に繋がっている可能性が指摘されます。
求職者が企業を選ぶ時代において、魅力を効果的に伝え、スムーズで丁寧な選考体験を提供することが、採用競争を勝ち抜く上で不可欠となっています。
迫りくる「2025年の崖」と人手不足の加速
日本企業が直面する構造的な課題として、「2025年の崖」が挙げられます。
これは経済産業省が「DXレポート」で指摘した概念であり、多くの企業で既存ITシステムの老朽化、複雑化、ブラックボックス化が進んでいます。
この状態が続くと、2025年以降、国際競争力の低下や年間最大12兆円の経済損失リスクが生じると警鐘が鳴らされています。
古い基幹システムを維持・運用するためには、多くのIT人材をそこに割く必要があり、新たな技術導入やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の大きな阻害要因となっています。
これにより、市場の変化に応じた迅速な対応や、業務プロセスの抜本的な効率化が遅れ、その結果として生産性向上や省力化が進まず、人手不足感がさらに強まる悪循環を招いています。
「2025年の崖」を乗り越え、持続的な成長を目指すには、レガシーシステムからの脱却とDX推進は避けて通れません。
これは、業務の自動化や効率化を通じて必要な労働力を減らす「省人化」にも繋がり、人手不足問題への間接的な解決策ともなり得る重要なアプローチと言えるでしょう。
特に人手不足が深刻な業界と、その特有の事情
日本全体で人手不足が問題となる中、特定の業界では特にその傾向が顕著です。
少子高齢化や労働市場のミスマッチといった構造的な原因に加え、それぞれの業界が抱える独自の構造問題や厳しい労働環境も、人手不足をさらに深刻化させている要因と言えます。
具体的には、以下のような業界で人手不足が深刻化しており、それぞれ特有の事情があります。
このセクションでは、帝国データバンクなどの最新調査も踏まえ、特に人手不足が深刻な業界をいくつか取り上げ、それぞれの背景にある具体的な事情を紹介します。
IT・情報通信業:DX推進ニーズと専門人材獲得の難しさ
デジタルトランスフォーメーション(DX)の波はあらゆる産業に押し寄せ、その推進には高度なITスキルを持つ人材が不可欠です。
情報処理推進機構(IPA)の調査でも、DXを推進する人材の不足が深刻化していることが示されています。
特に、AIやデータサイエンス、クラウド、サイバーセキュリティといった最先端技術に関する専門知識や経験を持つ人材の需要が非常に高く、市場における彼らの希少性は増しています。
しかし、こうした専門的なIT人材は一朝一夕には育成できず、即戦力となる人材の採用は企業間の激しい獲得競争に直面しています。
特に、ITシステム開発やサービス提供を担うIT企業だけでなく、事業会社においてもDX人材の確保は喫緊の課題です。
多くの企業が自社のブランド力や提示できる待遇の面で、IT人材を獲得できないという課題を抱えているとの調査結果もあります。
このように、新しい技術トレンドへの対応力や魅力的な労働条件の提示能力によって生じる企業間の格差も、この業界の人手不足をさらに深刻にしています。
DX推進が経営課題となる中、IT人材の確保と育成は企業の持続的な成長に欠かせない取り組みとなっています。
医療・福祉分野:高齢化社会の進展と過酷な労働実態
日本は世界でも類を見ないスピードで少子高齢化が進んでおり、医療・福祉分野ではサービスの需要が急増しているため、慢性的な人手不足に直面しています。
特に、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる「2025年問題」を迎え、医療・介護ニーズのさらなる増大が見込まれています。
しかし、医療・福祉の現場では、身体的・精神的な負担が大きい労働環境が常態化しています。
具体的には、以下のような点が挙げられます。
- 長時間労働
- 不規則な勤務形態(例:看護現場における2交代・16時間夜勤)
また、2024年4月には医師の働き方改革が施行され、時間外労働の上限規制が導入されるなど労働環境改善に向けた動きがありますが、依然として厳しい実態が存在します。
こうした過酷な労働環境は、医療・福祉に携わる人々の離職率を高める一因となり、結果として新たな担い手の確保をより困難にしています。
需要の増加と、供給側である労働環境の厳しさによる人材の定着・確保難が複合的に絡み合うことで、医療・福祉分野の人手不足は特に深刻な状況となっています。
運輸・建設業界:若手不足と高齢化による担い手減少
社会インフラを支える重要な産業である運輸・建設業界でも、人手不足は深刻な課題です。
運輸業界、特にトラックドライバーは高齢化が進んでおり、全日本トラック協会の2023年調査では、50歳以上が約48.8%を占めています。
一方で、若年層の新規入職は著しく少なく、長時間労働や低賃金といったイメージ、過酷な労働環境といったネガティブな印象が、若手不足の背景にあると指摘されています。
建設業界でも、技能労働者の高齢化が進行しており、総務省のデータによると2023年時点で、55歳以上の就業者が約36%、29歳以下は約12%にとどまっています。
これにより、長年培われた技術やノウハウの次世代への継承が困難になっています。
両業界に共通するのは、肉体的な負担が大きい仕事であることや、いわゆる3K(きつい、汚い、危険)のイメージが根強いことです。
これが若年層の業界離れを加速させている要因と考えられます。結果として、将来的に社会の基盤を支える担い手が不足する事態が懸念されています。
宿泊・飲食サービス業:労働集約型産業の構造的課題
宿泊・飲食サービス業は、多くの業務が人の手によるサービス提供に依存する労働集約型の産業です。
顧客への直接的な対応や調理、清掃など、機械化や自動化が難しい業務が多く、事業運営には必然的に多くの労働力が必要となります。
また、顧客の来店が特定の時間帯や曜日に集中するなど、需要の繁閑差が大きい特性があります。
このため、需要に合わせて柔軟な人員配置やシフト管理が求められますが、これが働く側にとっては不規則な勤務体系となりやすく、安定的な雇用や働きやすさを阻害する要因となっています。
厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、宿泊業・飲食サービス業の平均賃金は全産業の中で最も低い水準(令和5年で月収25.9万円)にあります。
低賃金に加え、長時間労働や不規則な勤務が常態化しやすい傾向があり、これが求職者から敬遠される大きな理由です。
さらに、顧客との直接的な接点が多く、多様なニーズへの対応やクレーム対応といった精神的な負担が大きい感情労働も多く発生します。
こうした複合的な要因が、従業員の心身の疲労につながり、業界全体の離職率を高くしています。
特に宿泊業・飲食サービス業の離職率は26.6%と、全産業平均の10.5%を大きく上回っており、これが人手不足を深刻化させる構造的な課題となっています。
人手不足が企業経営にもたらすマイナス影響
人手不足は、もはや特定の部署や現場だけの問題ではありません。
組織全体の生産性を低下させるだけでなく、企業の存続そのものを脅かす深刻な経営課題となり得ます。
必要な人材が確保できない状況が続けば、事業の継続は困難を極め、最悪の場合、倒産に至るケースも現実のものとなっています。
2023年度には、人手不足に起因する倒産件数が313件と過去最多を記録しており、その深刻さを示しています。
こうした人手不足が企業経営にどのような具体的なマイナス影響をもたらすのかを、次項以降で詳しく掘り下げていきます。
生産性の低下と事業成長の停滞リスク
人手不足は、個々の業務遂行に直接的な影響を与えます。必要な人員が不足することで一人あたりの負担が増え、業務の遅延や品質低下を招きます。
このような現場の非効率は、組織全体の生産性低下に直結します。
生産性の低下は、単に業務が滞るだけでなく、新しい技術導入や新規事業といった将来への投資に必要なリソースの確保を困難にします。
これにより、市場の変化への対応が遅れ、イノベーションの機会を失い、事業成長の機会損失につながります。
また、納期の遅延やサービス品質の低下は、顧客満足度や信頼を損ね、売上の減少や取引先の離反といった収益悪化のリスクを高めます。
人手不足による生産性の低下が続けば、企業の競争力は削がれ、慢性化すれば事業規模の縮小や、最終的には事業撤退といった深刻な事態に追い込まれる可能性もあります。
既存従業員への過度な負担とエンゲージメント低下
人手不足が深刻化すると、事業を継続するために、残された既存従業員一人ひとりの業務負担が増大します。
具体的には、これまで複数人で分担していた業務を兼務したり、担当外の仕事を引き受けたりする機会が増加します。
厚生労働省の調査でも、人手不足による職場環境への影響として、労使双方で最も多く挙げられているのが「残業時間の増加、休暇取得数の減少」であり、実際に時間外労働が常態化しやすくなります。
このような過度な業務負担は、従業員の肉体的・精神的な疲労を招き、ワークライフバランスを大きく損なう可能性が高まります。
疲弊した状態が続けば、仕事に対するモチベーションや満足度が低下するだけでなく、会社への貢献意欲、すなわちエンゲージメントも減退していきます。
エンゲージメントの低下は、「このまま働き続けられるだろうか」という不安につながり、さらなる離職を引き起こす悪循環を招きかねません。
結果として、人手不足がさらに加速するという負のスパイラルに陥る危険性があります。
技術・ノウハウ継承の困難化と企業競争力の喪失
人手不足が深刻化する中で、長年培ってきた熟練従業員の専門知識や独自の技術、いわゆる「暗黙知」や「技能」の継承が喫緊の課題となっています。
ベテラン従業員の退職や若手人材の不足が重なることで、これらの重要なノウハウが組織内に留まらず、失われてしまうリスクが高まっています。
特に、マニュアル化が難しい経験に基づく感覚や判断力といった「技能」は、意図的な取り組みがなければ次世代に引き継がれません。
技術やノウハウの断絶によって引き起こされる影響は以下の通りです。
- 製品やサービスの品質低下
- 企業独自の強み、競争優位性の喪失
- 知的財産や組織文化といった無形資産価値の損耗
- イノベーションの停滞
- 事業継続の困難化
- 国内外における企業競争力の低下
このような技術やノウハウの断絶は、前述のような品質低下などを招くだけでなく、企業が市場で競争優位性を確立してきた独自の強みを失うことに直結します。
さらに、これまで企業が築き上げてきた知的財産や組織文化といった無形資産の価値が損なわれ、新しいアイデアや技術を生み出すイノベーションが停滞する要因ともなります。
結果として、事業の継続が困難になるだけでなく、国内および世界における企業競争力の低下を招く危険性もはらんでいます。
技術継承への投資を怠ることは、企業の将来を危うくすることに繋がります。
採用コストの高騰と採用難による機会損失
人手不足が深刻化する中で、企業は必要な人材を確保するために、より多くのコストを投じざるを得ない状況に直面しています。
求人広告費の増加や人材紹介会社へ支払う手数料の高止まり、さらには採用活動に要する社内工数の増大などが、採用コストを押し上げる主な要因です。
特に、ITエンジニアなど高度な専門スキルを持つ人材の獲得競争は激しく、採用単価が高騰する傾向が見られます。
こうした採用コストの増加に加え、そもそも適切な人材が採用できない「採用難」は、企業にとって大きな機会損失につながります。
新規プロジェクトを立ち上げるための人員が不足したり、事業拡大に必要な体制を構築できなかったりすることで、新しいビジネスチャンスを逃してしまう可能性があるのです。
顧客からの引き合いがあっても、対応する人員がいないために受注を断念せざるを得ないケースや、既存顧客へのサービスレベル維持が難しくなることもあります。
採用コストの高騰と採用難による機会損失は、企業の収益性を圧迫し、中長期的な成長を阻害する深刻な問題と言えます。
人事・総務担当者が取り組むべき人手不足解消への実践的アプローチ
人手不足という経営課題に対し、人事・総務担当者が果たす役割は極めて重要です。
単一の解決策に頼るのではなく、多岐にわたる実践的なアプローチを組み合わせて、戦略的に取り組むことが求められます。
本章では、採用活動の強化、従業員の定着促進、人材育成、業務効率化のためのテクノロジー活用、そして多様な人材の登用といった、人手不足の緩和に繋がる具体的な施策について、その全体像を紹介します。
採用チャネルの多様化と採用ブランディングの強化
人手不足が深刻化する中、従来の求人媒体に依存するだけでは、企業が求める多様な人材を確保するのが難しくなっています。
ターゲット層に効果的にリーチするためには、SNSを活用した情報発信、従業員からの紹介を促すリファラル採用、企業側から候補者に直接アプローチするダイレクトリクルーティングなど、複数の採用チャネルを戦略的に組み合わせる必要性が高まっています。
これは、求職者が能動的に情報を収集し、企業を比較検討する時代に対応するためにも不可欠な取り組みと言えるでしょう。
さらに、企業の魅力や働く価値を伝える「採用ブランディング」の強化も重要です。
採用サイトのコンテンツを充実させ、社員インタビューや職場環境の紹介を通じてリアルな情報を発信するほか、SNSで企業の文化や価値観を継続的に伝えることで、求職者にとって魅力的な企業イメージを構築できます。
こうした取り組みは、単に応募者数を増やすだけでなく、企業文化や求める人物像にマッチした人材の獲得につながり、採用ミスマッチの低減にも効果を発揮します。
選考プロセス全体で候補者一人ひとりとの丁寧なコミュニケーションを心がけ、良好な候補者体験を提供することも、企業の評判を高め、将来的な採用につながる重要な要素となります。
これらの多角的なアプローチにより、人手不足の解消に貢献することが期待できます。
従業員の定着率向上施策:魅力ある職場環境と制度設計
人手不足の解消には、新たな人材の採用に加え、現在働いている従業員に長く活躍してもらうための「定着率向上」への取り組みが不可欠です。
従業員の定着率を高めることは、採用コストの削減や技術・ノウハウの維持・向上にもつながります。
定着率向上のためには、単に給与などの条件だけでなく、従業員が働きがいを感じ、組織への貢献意欲を高める、すなわち従業員エンゲージメントを向上させる施策が重要となります。
具体的には、以下の二つの側面からのアプローチが効果的です。
一つは、物理的なオフィス環境やリモートワーク環境といった労働環境の整備に加え、心理的な安全性(風通しの良いコミュニケーション、ハラスメント対策の徹底など)を確保することで、誰もが安心して働ける基盤を作ることです。
もう一つは、従業員のモチベーションを高めるための制度設計です。
柔軟な勤務制度、公正で透明性の高い評価制度、明確なキャリアパス支援、あるいは充実した福利厚生などは、働く上での満足度を大きく左右します。
特に、34歳以下の男性に労働時間や休日を重視する傾向が見られるように、多様化する従業員のニーズを正確に把握し、それを制度に反映させるプロセス(アンケートやヒアリング、フィードバックの反映など)が不可欠です。
これらの施策は導入して終わりではなく、定期的に効果測定を行い、従業員の声を聞きながら継続的に改善していくサイクルを回すことで、初めて実効性のある定着率向上へとつながるでしょう。
ITツール・テクノロジー導入による業務効率化と省人化
人手不足の解消策として、ITツールやテクノロジーの導入による業務効率化と省人化は非常に有効な手段となります。
まず、RPAのような定型業務自動化ツールや、チャットツール、プロジェクト管理ツールといった情報共有ツールを活用することで、これまで従業員が多くの時間を費やしていた単純作業やコミュニケーションにかかる負担を大幅に軽減することが可能です。
これにより、従業員はより創造性や戦略性が求められるコア業務に集中できる時間を確保できるようになります。
さらに、AIチャットボットによる問い合わせ対応自動化や、AIによるデータ分析支援ツールなどを導入すれば、特定の業務領域において人員を削減しつつ、同時に業務の品質を向上させることも可能です。
例えば、カスタマーサポート業務の一部をAIチャットボットに任せることで、担当者はより複雑な問い合わせ対応に専念できるようになります。
また、クラウド型の業務システム(SaaS)を活用することは、働く場所を選ばない柔軟な働き方を実現し、潜在的な採用ターゲット層を拡大する効果も期待できます。
これは、地理的な制約を取り払い、より幅広い地域から優秀な人材を獲得する上で有利に働きます。
ただし、ITツール導入を成功させるためには、単にツールを選定するだけでなく、導入の目的を明確にし、従業員への十分な教育とフォローアップを行うことが不可欠です。
さらに、ツール導入に合わせて既存の業務プロセスを見直すことで、テクノロジーの効果を最大限に引き出し、真の業務効率化と省人化を実現できるでしょう。
社内人材の育成とリスキリング・アップスキリングの推進
人手不足が慢性化する現代において、社内人材の育成は企業が取り組むべき重要な課題です。
外部からの採用が難しい状況だからこそ、既存の従業員の能力開発を積極的に行うことで、必要なスキルを持つ人材を社内で確保し、組織全体の活力を高めることができます。
特に、ビジネス環境の変化に対応するための「リスキリング」(新しいスキルの習得)や、既存スキルの高度化を図る「アップスキリング」は不可欠な取り組みです。
多くの企業が人手不足対策として社内育成を重視しており、特にデジタル分野など特定領域の専門人材育成は喫緊の課題となっています。
リスキリングやアップスキリングを効果的に推進するには、従業員が自律的に学べる環境と、多様な学習ニーズに応える研修プログラムや制度設計が求められます。
OJTやOff-JTに加え、eラーニング、メンター制度、経験型学習といった多様な手法を組み合わせることが有効です。
従業員がスキルアップやキャリア形成の機会を得ることで、仕事へのモチベーションや会社へのエンゲージメントが高まり、結果として離職率の低下や人材の定着に繋がります。
こうした社内人材育成は、人手不足の緩和に貢献するだけでなく、変化に強い組織を作る上でも不可欠な要素と言えるでしょう。
ダイバーシティ&インクルージョンの推進と多様な人材活用
人手不足への対策として、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進は不可欠です。
D&Iとは、性別、年齢、国籍、障がいの有無などに関わらず多様な人材を受け入れ、一人ひとりが能力を最大限に発揮できる状態を指します。
労働力減少が進む現代において、D&I推進は人材不足解消に向けた重要な戦略と言えます。
女性、高齢者、外国人、障がい者など、多様なバックグラウンドを持つ人材を積極的に採用し、そのスキルや経験を活かすことが求められます。
多様な人材が活躍できるよう、柔軟な勤務体系、個別のニーズに合わせた研修、公平な評価・キャリアパス提示といった環境整備が欠かせません。
例えば、シルバー人材雇用では体力不要な業務や経験を活かせるポジション配置が有効です。
多様な人材の受け入れは、企業文化の活性化や新たな視点の獲得につながります。
ボストン コンサルティング グループの調査でも、経営層の多様性がイノベーション創出力を高めると示されています。
経営層のコミットメントと全従業員の意識改革、そしてインクルーシブな職場風土の醸成を通じたD&I推進は、企業の競争力強化と採用力向上につながり、人手不足の緩和に貢献するでしょう。
外部リソース(業務委託・派遣・副業人材)の効果的な活用
人手不足への対応として、正社員採用に加えて、外部リソースを戦略的に活用することも有効なアプローチです。
業務委託、人材派遣、副業人材といった多様な働き手は、企業の特定のニーズや状況に合わせて柔軟に活用できます。
例えば、専門性の高いプロジェクトには業務委託、短期間の増員や定型業務には人材派遣、特定分野の知見には副業人材といった使い分けが考えられます。
業務委託は雇用関係を結ばないため、コストを変動費化しやすいメリットがありますが、偽装請負リスクや情報漏洩への対策は不可欠です。
人材派遣は、採用・労務管理の手間を軽減し迅速な人材確保が可能ですが、派遣法による期間制限や禁止業務、契約外の業務指示ができない点に注意が必要です。
副業人材は新たな視点やスキルをもたらす一方、社内リソースとの連携や情報共有の仕組みづくりが重要となります。
外部リソースの活用は、専門性の活用、柔軟な人員調整、コスト抑制といったメリットをもたらす一方で、帰属意識の希薄化、情報共有の難しさ、マネジメントの複雑化といったデメリットも伴います。
導入を成功させるには、まず業務ニーズを明確にし、適切なリソースを選定すること、そして契約内容を詳細に確認することが肝要です。
さらに、受け入れ体制を整備し、外部人材との密なコミュニケーションと適切なマネジメントを行うことで、その能力を最大限に引き出し、人手不足の緩和につなげることが期待できます。
人手不足対策を後押しする政府・行政の取り組みと支援策
深刻化する人手不足に対応するため、政府や行政は企業の取り組みを後押しする様々な支援策や制度を設けています。
これらは、採用活動の促進、人材育成、労働環境の改善、業務プロセスの効率化など、多岐にわたる側面から企業をサポートすることを目的としています。
それぞれの具体的な内容について、紹介します。
働き方改革の推進と関連法制度の動向
深刻化する人手不足に対し、政府は「働き方改革」を推進し、多様な働き方の実現と労働生産性の向上を目指しています。
2018年に公布された「働き方改革関連法」では、時間外労働の上限規制や年次有給休暇の年5日の取得義務化、同一労働同賃金の徹底といった主要な法改正が行われました。
これらの法整備は、長時間労働の是正や柔軟な働き方を促進し、働く人々の健康維持やワークライフバランスの実現を支援します。
こうした労働環境の改善は、企業の魅力を高め、優秀な人材の確保や離職防止に繋がる重要な要素です。
さらに、2025年4月からは育児・介護休業法改正や高齢者雇用安定法の経過措置終了など、育児・介護との両立支援や高齢者の就労に関する法改正も施行される予定です。
企業はこれらの法制度の動向を正確に把握し、適切な対応を進めることが、人手不足解消に向けた取り組みを後押しすることになります。
労働関連法制の遵守と積極的な職場環境整備は、持続可能な企業経営に不可欠です。
外国人労働者の受け入れ拡大と特定技能制度の活用
少子高齢化による国内の生産年齢人口減少を背景に、日本政府は人手不足対策として外国人労働者の受け入れ拡大を推進しています。
厚生労働省によると、日本で働く外国人労働者数は増加を続け、2024年10月末時点で230万人を超え過去最多を更新、前年比12.4%増となりました。
多くの企業が外国人材の活用を進めています。
こうした状況下で、人手不足が特に深刻な分野で即戦力となる外国人を受け入れるための「特定技能制度」が注目されています。
2019年に創設されたこの制度は、現在16分野(介護、建設、製造業、宿泊、外食業など)が対象で、特定技能1号・2号の在留資格があります。
企業は本制度により、特定の分野で不足する人材を比較的円滑に確保できるメリットがあります。
ただし、制度利用にあたっては、外国人労働者が安心して働けるよう、企業は適切な受け入れ体制の整備や生活サポートなどの共生支援計画を策定・実行する必要があります。
単に労働力を補うだけでなく、共に働く仲間として向き合う姿勢が不可欠です。
制度名 | 目的 | 支援内容/上限額/補助率 |
---|---|---|
IT導入補助金 | ITツール導入 | 経費の一部を支援、最大450万円、補助率1/2~4/5 |
ものづくり補助金 | 革新的な製品・サービス開発、 生産プロセス改善のための設備投資 |
最大2500万円(類型により1億円)、補助率1/2~2/3 |
小規模事業者持続化補助金 | 販路開拓、業務効率化 | 最大200万円、補助率2/3 |
事業再構築補助金 | 事業再構築 | 最大8000万円(類型により1億円) |
人材育成・リスキリングを支援する助成金 | 人材育成、リスキリング | 年間上限1,000万円など |
中小企業向けDX導入支援や生産性向上関連の助成金
中小企業がDX推進や生産性向上に取り組む際、初期投資や人材育成の費用負担が課題となることがあります。
こうした企業の取り組みを後押しするため、国や自治体は多様な助成金・補助金制度を提供しています。
これらの支援策を効果的に活用するには、自社の課題を明確にし、目的に合った制度を選定した上で、綿密な事業計画を策定することが重要です。
適切な助成金・補助金を活用することで、費用負担を抑えつつ業務効率化や省人化、人材育成を進めることが可能となり、結果として人手不足の緩和に繋がることが期待できます。
最新情報の収集や、専門家への相談も有効でしょう。
持続的な成長のために企業が今こそ着手すべき人手不足対策
ここまで、日本企業が直面する人手不足の現状や、少子高齢化や労働市場のミスマッチといった構造的な原因、そしてそれが企業経営にもたらす深刻な影響について紹介しました。
帝国データバンクの2025年4月調査では、正社員の51.4%の企業が人手不足を感じており、この問題が多くの企業にとって喫緊の課題であることが改めて浮き彫りになっています。
人手不足は、生産性の低下や既存従業員への過度な負担、さらには事業継続のリスクといった経営上の大きなマイナス影響をもたらすため、決して放置することはできません。
人手不足への対応は、単に目先の採用活動を強化するだけでなく、企業の持続的な成長と競争力を維持するために不可欠な経営課題として捉える必要があります。
日本商工会議所の調査によると、人手不足を感じる企業の65.5%が事業継続に支障が出るおそれを感じているなど、その影響は深刻度を増しています。
この危機を乗り越え、変化に強い組織を構築するためには、企業全体の戦略として人手不足対策を位置づけ、多角的なアプローチを粘り強く実行していくことが求められます。
それでは、企業は具体的にどのようなアクションから着手すべきでしょうか。本記事で詳述したように、以下のような施策が有効です。
- 採用戦略の見直しと強化:従来の採用手法に加え、ダイレクトリクルーティングやリファラル採用といった攻めの採用チャネルを多様化し、企業の魅力を伝える採用ブランディングを強化する。
- 従業員の定着率向上:働きやすい職場環境の整備、柔軟な勤務制度、公正な評価制度など、従業員エンゲージメントを高める施策を講じる。
- DX推進とITツール活用:RPAやAIなどのテクノロジーを導入し、業務効率化や省人化を進める。
- 社内人材の育成:リスキリング・アップスキリングを通じて、既存従業員の能力開発を促進する。
- 多様な人材活用:女性、高齢者、外国人材、障がい者など、多様なバックグラウンドを持つ人材が活躍できる環境を整備する。
- 外部リソースの活用:業務委託、人材派遣、副業人材などを効果的に活用し、柔軟な人員体制を構築する。
帝国データバンクが指摘するように、「選ばれる企業」としての魅力を作り、メンバーのスキルアップを支援することは、人手不足時代における人材確保・定着の重要なカギとなります。
これらの取り組みを複合的に実施することで、人手不足という課題を成長への機会に変え、将来にわたって競争力を維持できる強い組織を構築していくことができるでしょう。