ジョブ型雇用とは?内容や導入事例、関連法とその対応を紹介
近年注目を集めている「ジョブ型雇用」は、従来のメンバーシップ型雇用異なり、特定の職務内容人を割り当てる雇用形態です。
この記事では、ジョブ型雇用の基礎知識から導入事例などについて紹介します。
ジョブ型雇用とは?
近年注目を集めるジョブ型雇用とは、特定の「職務」を明確に定義し、その職務に必要なスキルや経験を持つ人材と雇用契約を結ぶスタイルです。
これは従来の日本企業に多かったメンバーシップ型雇用とは一線を画します。
メンバーシップ型が人を採用した後に様々な職務を経験させることを前提とするのに対し、ジョブ型は仕事内容が先にあり、そこに最適な人材を充てる点が大きな違いです。
ジョブ型雇用の主な特徴はいくつかあります。
- 職務内容や必要なスキル、責任範囲などを詳細に記した「職務記述書(ジョブディスクリプション)」が存在すること
- 特定の専門性が重視され、職務遂行能力に基づいた評価や報酬が行われる傾向があること
- 働く側の職務範囲は、原則として職務記述書に記載された内容に限定されること
これにより、働く側が担うべき役割が明確になります。
ここでは、ジョブ型雇用の基本的な概念と特徴を分かりやすく解説します。
ジョブ型雇用の定義:職務を明確にする働き方
ジョブ型雇用とは、特定の職務(ジョブ)内容を明確に定義し、その遂行に必要なスキルや経験を持つ人材を採用する雇用形態です。
この雇用形態では、担当する業務内容や責任範囲、期待される成果が事前に具体的に定められます。
職務を明確にするにあたっては、「職務記述書(ジョブディスクリプション)」が重要な役割を果たします。
この記述書には、担当業務の内容、遂行に必要なスキルや経験、資格、目標達成基準などが詳細に記載されます。
職務が限定されることで、働く側は自身の専門性を特定の分野で深く追求できます。
一方、企業側は、特定の専門スキルを持つ人材を、求められる職務へ的確に配置できます。
項目 | ジョブ型雇用 | メンバーシップ型雇用 |
---|---|---|
採用基準 | 職務内容 | 人物やポテンシャル |
育成方針 | スペシャリスト | ゼネラリスト |
評価基準 | 職務成果 | 総合的 |
異動・配置転換 | 限定的 | 柔軟 |
従来のメンバーシップ型雇用との違い
日本の多くの企業で採用されてきたのが、メンバーシップ型雇用です。
これは、職務内容や勤務地を特定せずに人材を採用し、長期的な雇用関係のもと、社内での異動や配置転換を通じて幅広い業務を経験させ、企業への帰属意識や総合的な能力を持つ人材(ゼネラリスト)を育成するスタイルです。
新卒一括採用や終身雇用、年功序列といった慣行は、このメンバーシップ型雇用と深く結びついています。
高度経済成長期に多くの日本企業で定着したメンバーシップ型に対し、ジョブ型はより専門性や職務への適性を重視します。
どちらの雇用形態にもメリット・デメリットがあり、企業の戦略や状況によって最適な形は異なります。
混同しやすい「成果主義」との関係性
ジョブ型雇用と混同されやすい概念に「成果主義」があります。
どちらも個人の能力や発揮した結果を重視する点では共通項があるため、同一視されることも少なくありませんが、両者は根本的に異なるものです。
ジョブ型雇用が特定の「職務」を明確に定義し、その職務に対する適性やスキルを重視する雇用システムであるのに対し、成果主義は「成果」を基軸として個人の評価や報酬を決定する評価制度の一つです。
つまり、ジョブ型雇用は雇用形態そのものを指し、成果主義は評価のあり方を示します。
成果主義は、ジョブ型雇用のみならず、従来のメンバーシップ型雇用においても導入することが可能です。
また、ジョブ型雇用においては、必ずしも最終的な成果のみで評価されるわけではありません。
職務記述書に定められた職務を適切に遂行する能力や、そのプロセスも評価対象となり得ることを理解しておく必要があります。
ジョブ型雇用は「職務に基づく雇用システム」、成果主義は「成果に基づく評価制度」という概念的な違いを把握することが重要です。
日本でジョブ型雇用が注目を集める背景
近年、多くの日本企業において、ジョブ型雇用への関心が急速に高まっています。
従来主流であったメンバーシップ型雇用から、特定の職務に焦点を当てるジョブ型雇用へと、雇用システムそのものを見直す動きが広がりを見せています。
このような変化が起きている背景には、一つの理由だけでなく、複数の要因が複雑に絡み合っています。
具体的な内容について紹介します。
経団連によるジョブ型雇用推進の動き
日本におけるジョブ型雇用への関心が高まる背景の一つに、経済界を代表する経団連による提言があります。
経団連は、グローバル競争の激化やSociety 5.0といった社会の変化に対応するため、日本企業に変革を促しています。
その中で、2020年1月に発表された「経営労働政策特別委員会報告」など、複数の機会でジョブ型雇用の重要性に言及してきました。
経団連がジョブ型雇用を推奨する主な理由としては、高度な専門性を持つ人材を確保・活用し、企業のイノベーション創出や生産性を向上させること、多様な働き方を支援することなどが挙げられます。
従来のメンバーシップ型雇用では、専門人材を高く評価し採用することが難しいという課題も指摘されています。
こうした経団連の提言は、多くの日本企業が人事制度や働き方を見直すきっかけとなっています。
一方で、労働組合である連合からは、ジョブ型雇用の定義や内容に関する共通理解がまだ十分に形成されていないこと、言葉だけが先行している懸念があることなどが指摘されており、慎重な議論が必要との意見も出ています。
経団連は政府とも連携し、2024年9月にはジョブ型人事に関する説明会を開催するなど、導入検討企業への情報提供も積極的に行っています。
テレワーク普及がもたらした働き方の変化
新型コロナウイルス感染症のパンデミックを機に、多くの企業でテレワークが急速に普及し、働く場所や時間に対する考え方が大きく変化しました。
物理的な距離があるテレワーク環境では、従来のオフィスでの「時間」や「場所」を前提とした管理や評価方法が機能しづらくなったため、個々の「職務」の内容や期待される「成果」に基づいた評価への移行が求められるようになりました。
この変化は、社員一人ひとりの役割や責任範囲をこれまで以上に明確にする必要性を高めました。
これは、職務内容を詳細に定義する職務記述書(ジョブディスクリプション)を基盤とするジョブ型雇用の考え方と高い親和性があります。
また、テレワーク環境では、個人の自律的な業務遂行能力や専門性がより重要視される傾向にあります。
特定の専門スキルを活かしてキャリアを形成していくジョブ型雇用は、こうした働き方とも相性が良いと言えます。
企業側も、テレワーク下での生産性維持・向上や適切な人材配置を実現するために、個々の職務内容を明確にし、それに必要なスキルを持つ人材を適切に評価・登用する必要性を認識し始めています。
これらの背景から、テレワークの普及と定着が、ジョブ型雇用への関心を高める重要な要因の一つとなっています。
大手企業におけるジョブ型導入の波
日本でジョブ型雇用が注目される大きな背景の一つとして、日立製作所や富士通、KDDIといった国内大手企業が先行してジョブ型雇用への移行を進めている点が挙げられます。
これらの企業は、グローバル競争の激化やデジタル化の進展に対応するため、社員の専門性を高め、より生産性の高い組織への変革を目指しています。
例えば日立製作所は、2020年5月に新たな人事制度の骨子を発表し、2021年4月には約300〜400種類の職務記述書を導入して本格運用を開始しました。
富士通やKDDIなども、特定の職務を明確にした採用や人事評価の仕組みを導入しています。
このような大手企業の動きは、他の企業にとって重要な参考事例となり、ジョブ型雇用への関心をさらに高める効果を持っています。
特に、伝統的な日本型雇用を続けてきた大企業が変革に踏み切ることは、日本の雇用慣行全体に影響を与え始めており、ジョブ型雇用が一部の先進的な取り組みにとどまらず、広く浸透していく可能性を示唆していると言えるでしょう。
グローバル競争と専門人材獲得の重要性
グローバル市場における競争は年々激化しており、日本企業が国際競争力を維持・向上させるためには、高度な専門性を持つ人材の獲得が不可欠となっています。
従来のメンバーシップ型雇用では、特定の職務よりも組織への適合性やポテンシャルを重視し、幅広い経験を通じてゼネラリストを育成することが中心でした。
そのため、特定の分野で深い知識や卓越したスキルを持つ専門人材を迅速に獲得したり、効果的に育成・配置したりすることに課題がありました。
ジョブ型雇用は、担当する職務内容や必要なスキルを明確に定義する「職務記述書(ジョブディスクリプション)」を基盤とします。
これにより、企業は国内外から特定のスキルセットを持つ専門人材をピンポイントで探し出し、採用することが容易になります。
専門人材は、新しい技術や知見をもたらし、イノベーション創出や事業成長を加速させる原動力となります。
グローバルな高度人材の獲得競争が激化する中で、専門人材を適切に評価し、活躍できる環境を提供できるジョブ型雇用への注目が高まっていると言えます。
企業にとってのジョブ型雇用のメリット・デメリット
ジョブ型雇用への移行は、企業にとって戦略的な意思決定を伴う重要な取り組みです。
この雇用形態を導入することで、企業はさまざまな利点を享受できる可能性がある一方で、注意すべき課題も存在します。
ジョブ型雇用のメリットとデメリットをそれぞれ紹介します。
【メリット】専門スキルを持つ人材の確保
ジョブ型雇用を導入すると、企業は特定の専門スキルや豊富な経験を持つ人材を効率的に確保しやすくなります。
職務記述書(ジョブディスクリプション)によって、求める職務内容、必要なスキルセット、経験レベルが具体的に定義されるため、採用活動では、自社が真に必要とする専門性を持った人材に的を絞って募集・選考を行うことが可能になります。
これにより、高度な専門知識や技術を持つ人材をピンポイントで採用し、戦略的に配置できるようになります。
特に、近年需要が急増しているデジタル分野やグローバルビジネスなど、特定の専門性が不可欠な領域では、競争力のある優秀な人材を獲得する上で有効な手段となり得ます。
専門性の高い人材が組織に集まることで、企業全体の技術力や専門レベルが向上し、その結果、イノベーションの促進や競争力の強化につながる可能性が高まります。
これは、変化の速い現代ビジネス環境において、企業の持続的な成長を支える重要な要素となります。
【メリット】職務と成果に基づく評価の実現
ジョブ型雇用における人事評価は、従来の年功序列や抽象的な評価基準とは一線を画します。
職務記述書(ジョブディスクリプション)によって、個々の社員に求められる職務内容、責任範囲、そして期待される成果が具体的に定義されているため、評価はこれらの明確な基準に基づいて行われる点が大きな特徴です。
担当職務の遂行度合いや、そこから実際に生み出された具体的な成果が評価の根拠となります。
これにより、年齢や勤続年数、あるいは主観的な判断に左右されることなく、客観的な指標に基づいた公平で透明性の高い評価を実現できます。
評価基準が明確であることは、社員が自身に期待されている役割や目標を理解しやすくなり、評価に対する納得感を高めることに繋がります。
このような評価制度は、社員一人ひとりが自身の担当職務で最大限のパフォーマンスを発揮しようという意欲を引き出し、成果に対する強い意識を醸成します。
結果として、個人の専門性や能力を最大限に活かした貢献が促され、組織全体の生産性向上や競争力強化に寄与することが期待できます。
【メリット】採用時のミスマッチ軽減
ジョブ型雇用における採用活動では、職務記述書(ジョブディスクリプション)が重要な役割を果たします。
この記述書により、募集する職務の具体的な内容、求められるスキル、経験、責任範囲などが明確に定義されます。
これにより、求職者は自身の能力やキャリア志向が、その職務内容に適しているかを事前に詳細に判断できるようになります。
一方、企業側にとっても、求める人物像や必要なスキルセットを具体的に定義できるため、応募者のスクリーニング精度が向上します。
結果として、自社が期待する専門スキルや経験を持つ人材に、効率的に出会える機会が増加します。
職務内容の透明性が高まることで、入社後に「こんなはずではなかった」といった仕事内容に関するギャップが生じにくくなり、早期離職のリスクを低減する効果が期待できます。
これは、採用活動にかかるコスト(退職金や新たな募集の手間など)の削減にもつながり、採用活動全体の効率化や、長期的な人材の定着に貢献することが期待できます。
【デメリット】人材流動性の高まりと定着リスク
ジョブ型雇用では、職務内容が明確に定義されるため、その職務で高い専門性を持つ人材は、自身の市場価値を認識しやすくなります。
これにより、より良い労働条件やキャリアアップの機会を求めて、他社への転職を決断するハードルが比較的低くなる傾向があります。
日本全体でジョブ型雇用が浸透することで、「スキルがあればどこでも活躍できる」という意識が強まり、人材の流動性がさらに高まる可能性も指摘されています。
特定の職務に特化した人材は、担当する職務が社内で不要になった場合や、その職務でのキャリアアップが見込めないと判断した場合、組織に留まる動機が薄れやすい側面があります。
企業側は、採用や育成に多額のコストをかけた専門人材が流出しやすくなり、投資が無駄になるリスクや、重要な技術・ノウハウが社外に流出するリスクが増加します。
人材の定着率が低下することは、単に採用・教育コストの増加に留まらず、組織全体の安定性や継続的な事業運営にも影響を及ぼす可能性があるため、企業は人材流出を防ぐための対策を講じる必要があります。
【デメリット】異動や配置転換の柔軟性低下
ジョブ型雇用では、個々の社員が担当する職務内容が職務記述書によって明確に限定されます。
これは、従来の日本企業で広く行われてきた、職務や部署を定期的に変更しながら幅広いスキルや経験を習得させるジョブローテーションによるゼネラリスト育成とは相性が良くありません。
社員の専門性が特定の職務に特化する傾向が強まるため、組織全体の柔軟な人員配置が難しくなる、というデメリットが生じます。
例えば、事業環境の変化や組織再編に伴う部門間の人員調整、あるいは突発的な退職者が出た場合の欠員補充などにおいて、特定の職務スキルを持つ人材が不足している場合、他の職務の社員をすぐに配置転換することが困難になるケースが考えられます。
新規プロジェクトを立ち上げる際に、多様なスキルを持つチームを迅速に編成することも難しくなる可能性があり、組織の機動性が低下する懸念があります。
【デメリット】人事制度・給与体系の再構築コスト
ジョブ型雇用を導入するためには、従来のメンバーシップ型雇用を前提とした人事評価制度や給与体系を、根本から見直す必要があります。
特定の職務内容や期待される成果に基づいた評価基準を設定し、それに応じて報酬が決定される仕組みを新たに設計・構築しなければなりません。
例えば、職務ごとに市場価値を反映させた給与水準を設定するなど、給与体系全体を再設計する必要があります。
これらの新しい人事制度や給与体系を導入する際には、多くのコストが発生します。具体的には、以下のようなコストが考えられます。
- 制度設計のためのコンサルティング費用
- 新しい評価システムや給与計算システムを導入・改修するためのシステム関連費用
- 新制度の内容を従業員に正確に理解してもらい、円滑な移行を促すための丁寧な説明や研修にかかる時間的・人的なコスト
これらの制度再構築にかかる多大なコストと手間が、ジョブ型雇用導入の大きなハードルとなり得ます。
働く人から見たジョブ型雇用のメリット・デメリット
企業にとってのジョブ型雇用について見てきましたが、この雇用形態の変化は、そこで働く個人にとっても大きな影響をもたらします。
従業員目線でのジョブ型雇用のメリット・デメリットを紹介します。
【メリット】専門性を活かした成果創出
ジョブ型雇用で働く人にとっての大きなメリットの一つは、自身の持つ専門知識やスキルを、特定の職務で集中的に最大限に活用できる点です。
職務記述書(ジョブディスクリプション)によって担当する職務範囲が明確に定義されているため、専門外の突発的な業務や、これまでのメンバーシップ型雇用で発生しがちだった「何でも屋」のような状況に時間を割かれることなく、自身の得意分野に集中して取り組めます。
これにより、個人の専門性を必要とされる職務で存分に発揮し、質の高いアウトプットを生み出すことにつながりやすくなります。
結果として、自身の能力が直接的に成果に結びつくことを実感でき、仕事に対するやりがいや達成感を得やすくなります。
また、自身の専門性が組織の成果に貢献しているという実感が、働く人の自己肯定感やキャリアに対する自信を高めることにもつながるでしょう。
専門性を深めたい、特定の分野でプロフェッショナルを目指したいと考える方にとって、ジョブ型雇用は能力を発揮し、さらに磨きをかけるための理想的な環境と言えます。
【メリット】キャリア自律とスキル向上の促進
ジョブ型雇用では、職務記述書(ジョブディスクリプション)によって、個人が担当する職務と、それに紐づく責任や求められるスキルが明確に示されます。
これにより、自身の専門領域や現在の立ち位置を正確に把握しやすくなるため、今後のキャリアについて主体的に考え、「キャリア自律」を促進する大きなきっかけとなります。
従来のメンバーシップ型雇用のように会社主導でキャリアパスが決められるのではなく、自身の強みや志向に基づいた目標設定が容易になります。
職務に必要なスキルが可視化されているため、計画的なスキルアップやリスキリングにも取り組みやすくなります。
特定の職務で専門性を深めることは、社内だけでなく社外でも通用する「エンプロイヤビリティ(雇用されうる能力)」を高め、変化の激しい時代における自身の市場価値向上にもつながるでしょう。
自分自身でキャリアの方向性を定め、必要な能力開発に取り組む姿勢がより重要になります。
【デメリット】継続的な自己研鑽の必要性
ジョブ型雇用では、特定の職務における高い専門性が求められます。
この専門性を維持し、さらに向上させていくためには、自身の職務に関連する知識やスキルを常に最新の状態にアップデートし続ける必要があります。
これは、仕事と並行して継続的な学習に取り組むこと、すなわち自己研鑽が不可欠であることを意味します。
特に技術革新や市場の変化が速い現代ビジネス環境においては、既存のスキルや知識がすぐに陳腐化してしまうリスクが伴います。
もし自己研鑽を怠った場合、自身の市場価値が低下し、結果として担当できる職務がなくなるなど、雇用の不安定化につながりかねません。
また、この自己研鑽には時間と費用がかかりますが、その負担は多くの場合、個人が負うことになります。
企業が学習支援制度を設けているケースもありますが、自身のキャリアのためにも自ら積極的に学び続ける意識と行動が、ジョブ型雇用においてはこれまで以上に強く求められるでしょう。
【デメリット】担当職務消滅に伴う雇用の不安定化
ジョブ型雇用における働く人にとっての大きなデメリットの一つは、担当している職務そのものが消滅するリスクです。
企業の事業再編や技術革新、あるいはデジタル化による業務の自動化などが進むと、特定の専門職務が必要なくなるケースが生じ得ます。
従来のメンバーシップ型雇用では、職務がなくなっても他の部署への異動や配置転換によって雇用が維持されることが一般的でした。
しかし、ジョブ型雇用では個人の職務範囲が明確に限定されているため、このように他の職務への配置転換で雇用を継続することが難しくなる傾向があります。
結果として、担当職務が消滅した場合、原則として雇用契約が終了する可能性が高まります。
これは、働く側にとって雇用の不安定化という大きな不安要素となります。
このリスクを回避し、自身の雇用を守るためには、常に自身の専門スキルを市場の需要と照らし合わせ、陳腐化しないよう継続的な自己研鑽に励むことが不可欠です。
また、一つの職務に依存せず、自身のキャリアを複数視点で捉え、自律的に形成していく姿勢が強く求められるでしょう。
ジョブ型雇用導入の進め方と人事評価への影響
ジョブ型雇用への移行は、多くの企業にとって、これまでの人事戦略や組織運営を根本から見直す、まさに大きな転換点となります。
特に、人材の評価や処遇のあり方を大きく左右する人事評価制度は、ジョブ型導入による影響を最も受ける要素の一つです。
ジョブ型雇用を導入する際の具体的な進め方や、それが人事評価制度にどのような変化をもたらすのかなどを紹介します。
ジョブ型雇用を導入する際の基本的な手順
ジョブ型雇用への移行は、企業全体の組織体制や人事システムに関わるため、計画的かつ段階的に進めることが重要です。
まず、なぜジョブ型雇用を導入するのか、どのような成果を期待するのかといった導入目的を明確にし、同時にどの部署や職種から適用を開始するのか対象範囲を決定します。
現状の課題とジョブ型導入による期待効果を明確にすることが肝要です。
次に、職務分析(ジョブアナリシス)を実施します。
これは、対象となる各職務について、具体的な業務内容、必要なスキルや知識、資格、職責、期待される成果などを詳細に洗い出すプロセスです。
この分析結果に基づき、職務記述書(ジョブディスクリプション)を作成します。
職務記述書は、職務内容や責任範囲、求める経験・スキルを明文化したもので、ジョブ型雇用における採用、配置、評価、報酬の基盤となるものです。
最後に、職務記述書で定義された内容に基づき、評価基準や給与テーブルなどの人事制度(評価・報酬)を再設計します。
そして、これらの新しい制度内容や導入の目的、期待される変化について、従業員へ丁寧な周知・合意形成を図ることが不可欠です。
経営層だけでなく、従業員一人ひとりの理解と協力なしには、ジョブ型雇用の成功は望めません。
職務記述書(ジョブディスクリプション)の作成と活用法
ジョブ型雇用を導入する上で中核となるのが、職務記述書(ジョブディスクリプション)です。
この文書には、担当する職務の具体的な内容や責任範囲、遂行に必要なスキル・経験、そして期待される成果や評価指標などを詳細に記載します。
作成にあたっては、曖昧な表現を避け、誰にでも理解できるよう具体的かつ明確に記述することが重要です。
また、事業環境や職務内容の変化に応じて、定期的な見直しと更新を行う必要があります。
作成した職務記述書は、採用活動から入社後の人事管理まで、幅広いシーンで活用されます。
例えば、求職者に対して具体的な職務内容を示すことで、応募におけるミスマッチを防ぎ、採用の精度を高められます。
また、人事評価の明確な基準となり、個人の目標設定やキャリア開発、必要な人材育成の方向性を示す上でも役立ちます。
さらに、組織内の適切な人員配置を検討する際の重要な情報源ともなります。
職務記述書を通じて職務内容と評価基準が可視化されることは、人事運用の透明性と公平性を高めることにつながります。
ジョブ型雇用導入が人事評価制度にもたらす変化
ジョブ型雇用の導入は、企業の人事評価制度に抜本的な変化をもたらします。
従来のメンバーシップ型雇用における評価が、個人の能力や潜在的な可能性、あるいは年功要素にも重点を置く側面があったのに対し、ジョブ型雇用では、職務記述書(ジョブディスクリプション)に明記された職務の遂行度や具体的な成果に評価の主軸が移ります。
これは、担当職務におけるパフォーマンスが、評価において最も重要な要素となることを意味します。
この評価基準の変化に伴い、評価項目、それぞれの評価ウェイト、さらには期初面談、中間面談、期末面談といった評価プロセスの全体的な見直しが不可欠となります。
評価の公平性と透明性を担保することで、従業員が自身の評価に納得しやすくなります。
この評価結果は、昇進や昇格、給与改定、賞与額の決定といった待遇面に直接的に結びつくようになり、個人のスキル開発機会の提供や場合によっては雇用契約の更新判断に影響を与える可能性も出てきます。
国内企業におけるジョブ型雇用の導入事例紹介
日本国内において、特定の職務内容を明確に定義し、必要な人材を配置するジョブ型雇用への関心が高まり、実際に導入を進める企業が増加傾向にあります。
既にジョブ型雇用を先進的に導入している国内企業の事例をいくつかご紹介します。
先進企業の取り組み事例:日立製作所
日立製作所は、グローバル競争力の強化と社会イノベーション事業のグローバル展開を背景に、ジョブ型雇用への転換を積極的に進めている代表的な企業です。
グローバルな事業環境の変化、日本の社会課題、そして社員の価値観やライフスタイルの多様化への対応も、導入の大きな動機となっています。
同社は2021年4月からこの新たな雇用制度の本格運用を開始しており、主に国内グループ会社を中心に導入が進められています。
具体的な施策として、日立は従来の職能資格等級制度を廃止し、職務内容に基づいたグループ・グローバル共通の等級制度「HGG(Hitachi Global Grade)」を適用しています。
このHGGと連携する形で職務記述書(ジョブディスクリプション)を作成し、採用、配置、評価、報酬制度の基盤としています。
管理職など月俸者には、HGGに基づくグレード給と、成果と連動した年収管理を強化する報酬制度を導入しています。
また、社員のキャリア自律を支援するため、グループ公募制度を改訂し、勤続年数に関わらず応募可能とするなど、キャリア形成の機会を拡充しています。
アップスキリングやリスキリングにも注力しています。さらに、新卒採用においても応募をジョブベースとする「パーソナライズ採用」を強化するなど、採用活動全体をジョブ型にシフトしています。
これらの取り組みを通じて、高度な専門人材の獲得と個人のパフォーマンス最大化を目指しています。
先進企業の取り組み事例:富士通
富士通は、DX企業への変革とグローバル競争力強化のため、ジョブ型雇用への転換を進めています。
2019年の時田社長就任を機に検討を本格化させ、2020年4月には国内幹部社員に先行導入しました。
その後、2022年4月には全社的に「ジョブ型人材マネジメント」へフルモデルチェンジを実施しています。
将来的には新卒採用を含む全社員への適用を目指しており、2026年度からは新卒採用においてもジョブ型人材マネジメントの考え方を拡大することを発表しました。
この「ジョブ型人材マネジメント」は、職責をグローバル共通の基準で格付けし、その職責ベースの報酬体系を核とするものです。
これを実現するため、職務記述書(ジョブディスクリプション)による責任権限や人材要件の明確化に加え、人事評価制度と報酬制度を一体的に設計しました。
これらの変革を通じて、社員一人ひとりの専門性を高め、自律的なキャリア形成を促進することで、企業のDX推進とイノベーション創出につなげることを目指しています。
先進企業の取り組み事例:KDDI
KDDIは、変化の激しい時代において、社員一人ひとりがプロフェッショナルとして価値を創造し、成果を創出していくことを目指し、2020年8月から「KDDI版ジョブ型人事制度」を導入しました。
これは、中期経営戦略(2022-2024年度)で掲げた「人財ファースト企業への変革」や、事業領域の拡大、DX人材の獲得といった背景から、従来の人事制度を大きく変革するものでした。
この制度は、働く時間ではなく、成果や挑戦、そして能力を評価・称賛し、それを処遇に反映することを目的としています。
導入当初から全社員を対象とし、「プロを創り、育てる制度」として運用されています。
具体的には、個々の職務内容と期待される成果を明確にし、そこに基づいた評価と報酬体系を構築しています。
導入後の成果は以下の通りです。
- キャリア採用実績の向上
- プロ人財比率の増加
- 若手管理職の登用促進
特に、自律的な学習を促す「KDDI DX University」との連携により、社員の能力開発も進んでいます。
こうした取り組みが評価され、2024年8月には政府の「ジョブ型人事指針」における先行導入事例の一つとして選定されました。
ジョブ型雇用と関連する法律・注意すべき法務ポイント
ジョブ型雇用を導入・運用するにあたり、日本の現行労働法規との関連性を十分に理解し、法務上のリスクを回避することは極めて重要です。
ジョブ型雇用と関連する法律・注意すべき法務ポイントを紹介します。
労働契約法とジョブ型雇用の関係
ジョブ型雇用は、日本の現行法では明確に定義されていませんが、労働契約法との関係において理解しておくべき重要な点があります。
ジョブ型雇用における労働契約は、特定の「職務(ジョブ)」内容に限定して契約が締結される、「職務限定の合意」がなされた労働契約として位置づけられる可能性が高いと考えられます。
この職務限定の合意が明確になされている場合、使用者(企業)は、労働者の同意なく、契約で定められた職務内容を一方的に変更することは原則としてできないと解釈されています。
最近の最高裁判例においても、職種限定の合意がある労働者に対し、異なる職種への配置転換命令権が否定される判断が示されており、職務限定の重要性が改めて認識されています。
こうした状況を踏まえると、ジョブ型雇用においては、労働契約締結時には、職務記述書(ジョブディスクリプション)を用いて、担当する職務内容や責任範囲などを極めて具体的に定めることが、後のトラブル防止につながる上で非常に重要となります。
この職務限定の有無とその内容が、例えば職務変更の有効性や、万が一の場合の解雇の有効性を判断する上で、重要な要素となり得ます。
解雇規制におけるジョブ型雇用の取り扱い
ジョブ型雇用は特定の職務を明確に定めますが、日本の労働契約における基本的な法規制、特に解雇権濫用法理は、原則としてジョブ型雇用においても適用されます。
労働契約法第16条に定められている通り、解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」という判断基準は変わりません。
ジョブ型雇用において、例えば担当職務が事業再編などにより消滅した場合、これを理由とする解雇は理論的には考えられます。
しかし、職務が消滅したという事実だけで、直ちに解雇が有効になるわけではありません。
解雇の有効性を判断する際には、以下のような点が、いわゆる整理解雇の四要素に関わるものとして重要な考慮要素となります。
- 解雇回避のための努力を尽くしたか(例えば、配置転換の可能性検討など)
- 被解雇者選定の合理性
- 解雇手続きの妥当性
また、労働契約締結時に作成される職務記述書(ジョブディスクリプション)で職務範囲を明確に定めていることは、解雇の正当性を判断する上で重要な要素の一つとなり得ます。
職務記述書の内容は、その職務における能力不足や適性不足、あるいは職務の消滅といった解雇理由の有無を判断する際に参照される可能性があります。
ジョブ型雇用であっても、企業は安易に解雇できるわけではなく、日本の法規制に則った慎重な対応が求められます。
同一労働同一賃金の原則とジョブ型雇用
ジョブ型雇用は、特定の職務内容に基づいて人材を採用・配置し、その職務の価値や成果に応じて報酬を決定する仕組みです。
この考え方は、「同一労働同一賃金」の原則と多くの点で共通性を持っています。
同一労働同一賃金とは、雇用形態にかかわらず、同じ職務内容や責任レベルであれば、同じ賃金や待遇を保障するというものです。
ジョブ型雇用は、まさに「ヒトではなく、職務に賃金が紐付いている」という考え方を採用するため、この原則と親和性が高いと言えます。
ジョブ型雇用における職務記述書(ジョブディスクリプション)は、同一労働同一賃金の実現において重要な役割を果たします。
職務内容、責任、必要なスキルなどが詳細に記述されることで、客観的な職務評価が可能となり、それに基づく公正な待遇設定の基盤となります。
ただし、ジョブ型雇用を導入する際には、同一労働同一賃金の観点からいくつかの留意点があります。
職務評価の客観性をどのように担保するか、また正規雇用者と非正規雇用者の間で、職務内容が同一または同等であるにもかかわらず、不合理な待遇差が生じないように制度を設計・運用することが求められます。
これらの法的なポイントや実務上の注意点を十分に踏まえる必要があります。
まとめ:ジョブ型雇用の可能性と導入成功の鍵
本記事では、近年日本企業で注目を集めるジョブ型雇用について、その基本的な定義から、メンバーシップ型雇用との違い、注目される背景、企業と働く人双方にとってのメリット・デメリット、そして導入事例や関連法規までを紹介しました。
ジョブ型雇用は、特定の職務に求められるスキルや経験を明確にし、そこに最適な人材を配置することで、専門性の高い人材を効率的に活用し、企業の生産性向上やイノベーション創出を加速させる可能性を秘めています。
働く側にとっては、自身の専門性を活かして貢献できる機会が増え、自律的なキャリア形成や市場価値の向上につながるというメリットがあります。
ジョブ型雇用は、すべての企業や職務にとって万能な解ではありません。
しかし、グローバル競争の激化や働き方の多様化が進む現代において、専門性の高い人材を最大限に活かし、組織の活性化を図るための重要な選択肢の一つとなり得ます。
自社の状況や目指す方向性を踏まえ、ジョブ型雇用の可能性と課題を十分に検討し、計画的に導入を進めることが、これからの日本企業における人材戦略においてますます重要になってくるでしょう。